当教会について

 今から約500年前、ヨーロッパでキリスト教の宗教改革が起こりました。その時から、キリスト教は、カトリック(旧教)とプロテスタント(新教)に大きく二つに分かれています。さらにどちらも、たくさんの修道会や教派に分かれていますが、大小さまざまな違いはあっても、イエス・キリストを神の子救い主と信じる点では同じキリスト教です。イエス・キリストを神の子と信じないグループは異端と呼ばれ、キリスト教ではありません。「ものみの塔(エホバの証人)」、「統一教会(原理運動)」、「モルモン教」などがそうです。

当教会には「改革派」という名前が付いています。改革派というと、革命的な一派かと感じる方もおありでしょう。しかし、キリスト教会で「改革派」といえば、世界でもっとも広まっているオーソドックスなプロテスタント教会として知られています。それは、「宗教改革」から名前が付いている教会だからです。当教会は、聖書の教えに忠実なプロテスタント教会です。

 

 日本にカトリック・キリスト教が伝えられたのは、江戸時代前の戦国時代にさかのぼります。プロテスタント・キリスト教が伝えられたのは、江戸時代末期、黒船来航により鎖国が解かれてからです。おもに米国から、たくさんのプロテスタント・キリスト教が伝えられました。その最初のプロテスタント宣教師が、改革派(または長老派)の宣教師でした。

幕末から明治にかけて、たくさんのプロテスタント教会が立てられましたが、第2次世界大戦の時、宗教団体法による教会合同がなされ、信仰告白や教会政治の一致がないまま「日本キリスト教団」が作られました(1941年)。しかし、敗戦の翌年、「日本基督教団」から脱退して純粋な聖書信仰を求める人々により、「日本キリスト改革派教会」が創立されました(1946年)。『創立宣言』は、戦争のために教会がゆがめられたことを悔い改め、聖書に忠実な教会を立てることを決意しています。

 第2次世界大戦終結後、再び米国から、たくさんのプロテスタント・キリスト教が伝えられました。その中に、北米キリスト改革派教会(クリスチャン・リフォームド・チャーチ=CRC)があります。CRCは日本キリスト改革派教会と宣教協力を結び、おもに東日本に教会を立てる方針を打ち出しました。そして、敗戦焦土と化した東京の都市機能が回復するにつれ、首都圏に団地が作られたことにともない、CRCはあちこちの団地に教会を立てました。上福岡教会もその一つです。

日本キリスト改革派上福岡教会は、上福岡の町に立てられた最初のプロテスタント教会です。ブルノギ宣教師が岩永隆至牧師を招いて始めました。1962年5月6日、最初の礼拝が行われ、この日を「伝道開始記念日」と呼んでいます。また、1965年12月12日、CRCミッションの伝道所から独立して日本キリスト改革派教会に加入した日を「教会設立記念日」と呼んでいます。

上福岡教会は、さらに三つの教会を生み出しました。坂戸教会(1977年伝道開始・1980年教会設立)、新座志木教会(1983年伝道開始・1990年教会設立)、せんげん台教会(1997年伝道開始・2002年教会設立)です。この3番目の教会作りのために、初代の牧師である岩永牧師を派遣し、上福岡教会には新座志木教会から熊田雄二牧師を迎えました(1999年)。

そして2006年11月、約40年にわたって活動してきた上福岡3丁目の旧会堂から鶴ケ岡1丁目に建設した新会堂に移転し、「信仰・希望・愛」にあふれる教会を目指して、新たな一歩を踏み出しました。